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Posted by おてもやん at

2017年05月24日

2017.5.23つながるカフェ「政策参与ってどんな人?~政策参与からみた熊本市のこれから~」

5月23日、熊本市政策参与の中村健さんをお呼びして、熊本市職員オフサイト勉強会「つながるカフェ」を開催しました。
来場者多数のため(嬉)、立ち見でメモが取れなかったので覚えている範囲でのまとめですが、ご興味あられるかたはごらんください。

【アイスブレイク】
・10人ずつのグループを作る
・ボールをひとつ渡される
・ボールを受け取った人は隣以外の人にボールを手渡す
・全員にボールが渡ったら終了、タイムを競う

最初は50秒弱かかった
次は30秒でやってくださいとの指示→ほとんどのグループができた
次は15秒でやってくださいとの指示→ほとんどのグループができた
次は5秒でやってくださいとの指示→最速のグループは5秒7

→目標を設定すれば、なんとかそれを達成しようと知恵が出る、目標の設定が大事
 目標が変われば
     思考が変わる
     行動が変わる

【事例紹介】
1.他都市の選挙開票作業の事例
東京都府中市
広島県三次市 など
  10年前、選挙事務の改善として行われたのは
  ・動きやすい服装(これまではスーツや制服)
  ・靴はスニーカー(これまでは革靴やハイヒール)
  ・作業机を分割し可動範囲を広げる(これまではだだっ広い作業机)
  ・作業が終わった人はよそを手伝う(これまでは終わった人は談笑)
選挙の開票事務を1時間短縮すれば国政選挙では数億円、自治体の選挙でも数百万円の経費節減となる
全員が何時に終わらせようという目標に向かって心をひとつにすればできないと思われたことが可能となっていく

2.現状の地図への落とし込みの必要性
  ①街路灯設置必要箇所の把握
   街路灯を設置する予算は1台しかないのに3代の設置要望が出た場合、どうするか?
   地図に現状を落とし込み、本当に必要な箇所を割り出す。
   店舗が設置される場所は商工関係、子ども会の防犯パトロールは教育委員会など行政の所管課はバラバラである。情報を集約すること   により本当に必要な場所が見えてくる。






  ②市内学校プールの老朽化状況
   プールを築造・管理するのには莫大なコストがかかる。
   現状を地図に落とし込み、老朽化したプールを更新する必要があるかを検討。
   地域によってはプールを学校に設置するよりも民間プールを活用したほうが効率的な場合も(屋内プールだと天候にも左右されず授業時   間数が確保されるというメリットも)



3.カシニワ(柏市、「かしわ=地域共有」の「庭=財産」×貸す庭」)
地域と協働で空き地などの管理を行っている事例
~HPより~
柏市内で市民団体等のかたがたが手入れを行いながら主体的に利用しているオープンスペース(樹林地や空き地等)並びに一般公開可能な個人のお庭を「カシニワ=かしわの庭・地域の庭」と位置付け、カシニワへの関りを通じて、みどりの保全・創出、人々の交流の増進、地域の魅力アップを図っていくことを目的としています。



【最後に】
市役所改革プロジェクトのロゴマーク、覚えてね!



  

Posted by まんまるゆきりん at 17:25Comments(0)

2017年02月28日

2017.2.25熊本市地域づくりシンポジウム「暮らし続けたくなる‘まち’にする為に自分ができること」

私は参加できなかったので録音データを書き起こしています。
聞き取れないところもありましたので書き逃しているところも。
しかも、データが途中で切れてしまっていて途中までの記録です。
すみません…。

講演者の井口さん、昨夏に丹波を訪問した時にお世話になったのです。
その様子は、昨日こちらのブログにもアップしましたのでよろしければあわせてごらんくださいませ。



熊本市地域づくりシンポジウム
たいぎゃあ楽しか!なんさま住もうごたる
~若者が輝ける地域づくりに向けて~
【基調講演】
<テーマ>「暮らし続けたくなる“まち”にする為に自分ができること」
<講演者>井口 元氏(株式会社 みんなの家 代表)

大阪府吹田市生まれ、4年前に丹波市に移住。現在34歳。
「みんなの家」相談窓口、定住促進を行っている。
木酢液を作る会社を経営している。その原料は菊池市から購入するなど熊本市との不思議な縁を感じている。
関西学院大学出身。
前職は医者相手HP作成、ブラック企業。入社時の同期が450人→1年後100→現在15人。その職場で6年半働き退社。
丹波市に住む友人が選挙活動(街宣車のドライバー)をするから手伝ってくれと言われ、ニートだったので手伝うことにした。
丹波市500㎡、67,000人、75%が森林に覆われている。

地域活動に興味を持ったきっかけ→大学時代に足(バイク)を手に入れ、高校時代の友人に会いに行こうと徳島に行ったことである。
大阪の街中で育ってきたが、高知と徳島の県境の風景を見て日本にはこのような大自然があるのだと感動、年間250か所くらい観光地を巡っており、いつかは田舎で暮らしたいと思った。
高校の友人で同級生の横田くんが選挙に出てめでたく当選、市議会議員に。横田くんの後援会長さんが丹波に来ないかと誘ってくれた。
丹波も少子高齢化などの課題を抱えている。これから丹波の社会的課題を解決するために移住を決心した。
後援会長さんが「井口くんが丹波に来てくれるなら俺は家を買う」
すごいことを言うなとびっくりしながらも最初に見に行った家がシェアハウスにしている今の家(200坪、元製材所)である。
これまでマンション住まいだったので、家が広すぎることにびっくり。一人で住むには広すぎてもったいないので、自分のようによそから来た人間が住めるシェアハウスにしたらどうかと考え、シェアハウスにすることが決まった。
入居するまでが1か月半ほどあったため仮住まいを探したところ選挙で知り合った知人が家を紹介してくれた。この家はユニークなスペックで、トイレはあるが給湯設備なし。洗面台はあるがコンロがない。移住したのは平気でマイナス8℃となる12月だったのでお風呂にも入れず大変だった。みんなの家の工事が完成して入居した時に、エアコンのある暖かい空気の中で過ごせ、温かいお風呂に入れるありがたみには都会で暮らしていたら気づけなかった。
感謝の気持ちを忘れないように年に一回来丹〇周年会を行っている。

丹波では現在1,200件の空き家があり、高齢者が亡くなっていっているので3日に1件くらいのペースで増えている。
ボロボロの家だから価値がない、売れないのではと思っておられる人が多い。
いろんな空き家があっていいと実体験から思うので、外に出してみることを勧めている。

地域の課題を解決するために移住したのだから地域の課題を解決しなければならない。
なんのために?→気持ちよく毎日過ごしたいから。それが自分の願い。
大学卒業後、不祥事をたくさん起こしたブラック企業に勤めていて、自分と同じくらいの年齢の人間が部長や課長になり、新しい人間が入ってきてどんどん病んでいく。この会社をまともにするにはどうすればいいのかと悩んでいた。
地域の課題を解決すれば毎日気持ちよく過ごせるだろうと次の新天地を移住に求めた。

地域の課題を解決しようとしても独りよがりになってしまっては何の解決にもならない。
地域の方々が何を課題と思っているのかを知るために村づきあいをしていこう→地域に根差していく。
12月に丹波市民になり2013年1月にシェアハウスを始めた。シェアハウスの世帯主となり村入りした。丹波市には500㎡の土地の中に消防署が1か所しかない。火事になった時に消防署職員の到着を待っていたら家が全焼してしまうと聞き消防団に入った。半年後にみんなの家を株式会社化した時に商工会にも入った。2年前の4月、村の役員になった。人権学習委員は任期継続中である。
丹波市の地域課題を目の当たりにする絶好の機会が2013年2月25日に訪れた。島根県海士町からゲストを読んで講演をしてもらった。その時にあなたが考える丹波市の地域課題は「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」のどれかというアンケートをとったら95%の人が「ヒト」だと答えた。俺はもしかしてすごいところに引っ越してきてしまったのではないか、これはいったいどういうことなのかと思った。
耕作放棄地や森林の所有者、空き家など地域にはいろいろな問題があるが、紐解いていくとこれは全て「ヒト」の問題なのではないか、ということがわかってきた。耕作放棄地や森林の所有者を捕まえて話せばいいことなのにそれができないということは疎遠で仲が悪いというだけではないか。
これらの土地を守ってくれれば誰でもいいのかと聞くと誰でもは良くない。今までのムラの流れを理解してくれて一緒にやってくれる人でないとイヤだ、よそ者ではダメだと言う。

地域の課題と言っても、単に仲が悪いだけで会社として事業にする価値のあるものでもなかったりする。
移住相談窓口業務をなぜ市が外部に委託してまでやらないといけないのかというと、移住の不安を相談するのにお金をとるわけにはいかないからである。これは会社の事業としては成り立ちにくい。

地域課題の根源は「ヒト」の問題だと地元で言うと、あなたたちが悪いと言っているのと一緒だから大変なことになる。だからあまり声を大にしては地元では言っていない。しかし、この「ヒト」の問題は地域の課題の中でも最優先事項であると思うので、この問題に取り組んでいるつもりである。

地域の課題は山積みであるが、自分たちだけでは地域の課題はどうにもならないことが取り組み始めてすぐにわかった。たとえば森林など丹波市の面積の75%を占めるので、わが社の社員だけではやりきれない。だから、自分たちのことは自分たちの手で解決するという自治を推進していかなければならない。
もうひとつ、地域の課題は「ヒト」の問題であると丹波市民も認識しているため、課題を課題たらしめている負の側面を払拭することが絶対に必要である。今まで当たり前だったことの概念を再構築していかなければならない。

みんなの家は地域の課題を解決することがドメインなので課題がなくなったら終わり。地域のためには一刻も早く倒産しなければならない。
週に2回しか発行されない丹波新聞にシェアハウスをとりあげてもらおうと取材をしてもらった。「Iターンの住居提供」という見出しが掲載されたが、Iターンという言葉が住民に認識されておらず、その記事が掲載される1年ほど前に若い人が移住してくることがIターンというような意味で使われていた。住民の中で「Iターンってなに?」という問いがこの時からスタートした。
この記事には、シェアハウスやっていますという内容のほかに、不用品をゆずってくださいと書いてあった。お金で買うのは簡単だが、物を買ってお金を払ったらそこで人間関係が終わる。お金がないわけではなかったがあえて物を人からもらうことで「お世話になったから何か返さなければいけない」という気持ちが生まれる。自分たちに発破をかけるためにもタダでもらえるものはもらおうと考えた。これが「物乞い事業」である。
結果的にたくさんのものが集まった。立派なお寺からも檀家さんが減ってきたからとたくさんの食器などが提供された。
住人がシェアハウスを旅立つ時にこんなものが欲しいというと地域の人が必要なものを提供してくれるという物乞いの文化が生まれている。

丹波市民はFacebookというSNSのアプリを活用している人が多い。若い人だけでなく60代、70代の市議会議員まで…投稿の内容はほとんどチェックされている。今日も熊本に行くと投稿したら、先日まで熊本にいた丹波市議会の元議長が一番最初にいいね!してくれた。

大きな声で言えないような秘密の人間関係をつなぐ会合をしている。例えば、一切公にしない形で市議会議員と若者をつなぐ飲み会をした。
また、市職員は日中に市民と会うと身構えてしまう傾向にあるので、行政職員であることを横に置いておいてざっくばらんに語ろうと丹波市職員と住民との飲み会を企画した。市民Aと市民Bがケンカをしていて周りに悪影響を及ぼしている時に、井口氏の誕生日会にみんなの前で土下座させて仲直りを誓わせるイベントを行った。兵庫県議会議員と県内で頑張っている若者との合宿などもした。

世間一般的にはタブーと思われている間柄のコミュニケーションは実は必要ではないかと考え、このコミュニケーションが取れたらおもしろいことになるのでは。
ほとんどの問題はコミュニケーションが取れてないことで発生している。
わざわざこういうことをやっていると公に言わなくても、細々とやっていくことは有意義。
必要だと思ったらすぐやる、を実践。

東南アジア顔の人間を集めて東南アジア風の料理を持ち寄るという東南アジアサミットという名前だけは立派なしょうもないイベントをやった。
結果的には3人しか集まらなかった。これをやったからと言って誰も得をしないが、誰も得をしないイベントは参加者どうしががすごく仲良くなる。
仲のいい友達と遊びに行くのに特別な理由はいらない。「ちょっと話聞いてくれ」でいい。
「誰得イベント」がすごく重要。
まちづくりでも同様。一生懸命やればやるほどなぜか廃れるのでそういう時は「誰得イベント」をはさんでみるといい。

「変態の集い」を行った。変態集合と言われて集まる人ってどういう人?と思ったが自薦他薦の変な人がめちゃめちゃ集まった。丸一日のイベントで総勢50名ほど。丹波だけでなく東京や福岡などなぜか外からも人がやってきた。これをきっかけに丹波には愉快な人がたくさんいるのだという空気感が生まれた。
ここから派生したのが「丹波キワモノ会議」。京都や小布施の若者会議などは行われているが、真面目なイベントは丹波には合わないのでキワモノとした。
集まったのは半分くらいは本物のキワモノだったが、残りの半分はキワモノになりたいキワモノ願望の人。一泊二日のイベントで、真のキワモノがキワモノになりたい人を慰める場となった。結果として、キワモノになりたい人が人生の方向転換を決断し会社に辞表を出したりやりたかったけどやれなかったことに向かって一歩踏み出すきっかけとなった。今は会場が全国を転々としており、人生の方向転換をしたい人が集まる場として大きくなっていっている。

記念写真を残そうと写真家浅田政志さんの写真集を参考に写真を撮っていたら、本人が来てくれることになった。そこで満足してやめた。
そろそろ資本主義経済・貨幣経済は終わり物々交換の時代がやってくるのではというメンバーの発言により「物々交換バー」を5回やったが、これまで地域に交わりのなかった「謎のおじさん」が参加してきた。
丹波市内のアスリートを集合させてみようと「アスリート飲み会」を行ったら、世界各国の局地マラソンに参加し北極で42.195キロ走ったようなとんでもないアスリートがそのへんの集落にいることがわかった。
3回くらい集まり、集まった人で何ができるのかを模索した。

まちづくりにかかわっている人はまちづくりに一生懸命になって、まちの人と一緒に遊ぶということが少ない。遊びは地域住民のつながりを深めるのに必要。

絶対大丈夫と言い聞かせてイベントを行った。
すごく楽しいイベントだと感想をもらった。


パソコンを使って動画やチラシを作れる人にパソコン教室を開いてくれないかと依頼した。新規事業として起業しデザイナーとなった。
面白い人を見つけたら人に紹介したいと思うので、丹波市内に住む人のハブとしていろんな人をつないでいきたい。年間1,000人ぐらいの人がみんなの家という「広場」を訪れる。
新規事業を立ち上げる人もたくさん出てくるので起業支援も行っている。丹波市内の起業家さんは一人で悩んでいる人が多いので、本音がきちんと話せてストレートな意見が飛び交う支援を心がけている。たくさんの人が支援を受けに来てくれるので、本当の話を聞くというのは大事なことだと感じている。

みんなの家の学習塾事業で、最初の受講者は一人だった。丹波市は兵庫県の中でもすごく学力が低い。市内に高校は3つしかなく、大学はない。大学生になるような頭のいい連中はみんな外に出て行ってしまう。これをなんとかしたいと思った。
学習塾をたたもうとしていた経営者がいたので生徒を受け入れるかたちで事業承継を行った。やっていくうちに受講者がどんどん増えていった。

担い手が育たないなど事業承継で悩んでいる経営者がとても多い。その原因は「任せきれない」ことにある。自分が会社を経営していて50代になった時に後継者を探しても間に合うわけがないと危機感を持っている。自分は今34歳だが、もうこの年齢から後継者を育成しながら自分の事業をしっかりやっていかなければならない。現在も会社の中での決裁権限をできる限り自分より年下の人間に任せている。その一環が学習塾であり、彼らのコンセプトを考えながら運営している。

みんなの家の一角にカラオケ喫茶(カフェ)がある。飲食店で働いたことはあるが自分で考えて料理を提供したことがない人間が「カラオケ喫茶をやりたい」と言ってやってきたので、「やってみろ」と場所を提供し任せた。みんなの家自体は交通の便は良くないのだが、これだけ人が集まればうまくいくのではと考えていた。結果として二人の人間を雇ってお店をうまく回している。やり方しだいではカフェもできるのだと自信をつけている。

議員さんにツアーを組んでもらったこともある。市議会議員と市民との距離は遠い。市議会議員も服を脱げば普通のおじさんなのに市民からはうさんくさいと偏見の目で見られている。それはお互いのことを良く知らないからだと思う。
自分が吹田市に住んでいたときに地元の議員さんの顔も名前も知らなかった。丹波市に移住した時に知人が市議会議員となって議員との距離が近くなった。たまに飲み会などをしていたのでこの場をもっといろんな人に知ってもらいたいと思った。丹波市内の若者と議員さんで丹波市に移住を考えている人に丹波市を紹介するツアーを組んでもらったところ大盛況だった。市議会議員という人たちは身近な人なのだという認識を持ってもらえた。

丹波市マスコットキャラクター「ちーたん」をサプライズイベントに使おうとバースデーパーティーを行ったら、40人しか入らない場所に200人が集まった。

丹波市は熊本地震より2年ほど前に豪雨災害に見舞われた。深刻な被害状況だったので、ボランティアの宿泊所としてみんなの家を半年間開放することにした。毎日数名、週末にはたくさんの人が来てくれた。
自分ひとりでボランティアをしようと思ってもたかが知れている。自分がボランティアを支援することでたくさんのボランティアさんに働いてもらえた。
この時、みんなの家の宿泊者の中に熊本からボランティアに来てくれ、とてもありがたいと感じた。

録音データここで終了。残念です…。

  

Posted by まんまるゆきりん at 17:10Comments(0)

2017年02月28日

2016.9.6地域づくりコーディネーター研修会「若者と共に育つ地域づくり」@大阪市中央公会堂

昨年になりますが、9月6日、大阪市中央公会堂で行われた地域づくりコーディネーター研修会「若者と共に育つ地域づくり」に参加してきました。

 若者とは年齢が若い人ではない。柔軟性に富み新しいことを新しい発想と手法で元気に粘り強く成功するまで行い続ける人である…との冒頭の趣旨説明で、いつまでも地域の中ではこの意味の「若者」でいたいなぁと思いました。

 この趣旨説明の後、3名のかたが30分ずつ事例発表をされたのですが、それぞれがとても興味深いものでした!
 最初の事例発表「地域発、世界を揺らす創造力」丑田俊輔氏の発表では、世界に羽ばたく子どもたちを育てるためには地元での生活を丁寧に積み上げていくという丑田氏の理念がとても素晴らしかったです。
 また、東南アジアの人に「我々は日本をとてもリスペクトしている。そんな日本は、これからどういう未来を作ろうとしているのか」と聞かれ返事ができなかったということ、とても心に響きました。
 そして、具体的な取り組み事例として古民家を再生したシェアビレッジ(秋田県五城目町)に必要な資金を調達したクラウドファンディングのお話がありました。特筆すべきはクラウドファンディングのネーミングのセンス。
年会費→「年貢」、村民だけが集まる定期飲み会→「寄合」、シェアビレッジに遊びに行くこと→「里帰」、極めつけの誘い文句は「さぁ、あなたも年貢の納め時!」
 こういう面白い柔軟な発想が人を引き付けるのだなぁと感動しました。
 丑田氏の取り組み、詳しくはこちらが参考になりそうです。
http://www.ashita-lab.jp/activities/4178/
http://www.ashita-lab.jp/…/%E4%B8%91%E7%94%B0%E4%BF%8A%E8%…/

 二番目の発表は、いしかわ地域づくりコーディネーター、金沢大学非常勤講師を務められる森山奈美氏の「能登留学で育むチャレンジコミュニティ」。
 高校時代に「こんな七尾に戻ってこないで都会で就職しろ」と学校の進路指導の先生から言われた森山氏は「こんな七尾とはどういうことだ」憤慨し、「こんな七尾に戻ってきたいというまちづくりをライフワークにするぞ」と固く決意したそうです。
 そんな森山氏の原点は、我が家の茶の間で大人たちが「このまちを良くするためにはどうすればいいのか」を喧々諤々議論していたのを幼いころから見ていたこと。地域の人材育成のために必要なヒントはここにあるのだ、と思いました。
 地域課題は噴出するのに人材が足りない。頑張る人から倒れていく…そんな七尾のまちをどうにかしないといけないという大人を見て、森山氏が取り組まれているのが「能登留学」。
 地域課題を解決するために新しいことを始めたいけれど人を雇うまでにはアイデアが成熟していない段階で、大学生などの留学生に課題解決に挑戦してもらうというものです。
面白いプロジェクトがあれば遠方から若者はやってくる。
ここが好きだから新しい仕事を作りに帰りたいという子どもたちをどうやって育てていくか。
18歳までに、いかにカッコいい大人に出会えるか。
地域にも学生にもWIN-WINな取り組み、目からウロコでした!
http://notoryugaku.net/

 最後の発表は、丹波市でシェアハウス「みんなの家」を運営されている井口元氏。
 もともとシェアハウスをやろうなどという思いは全くなく、たまたま住むことになった家が一人で住むには広すぎたのがシェアハウスを始めたきっかけだったそうです。
「集まる意味(大義名分)を考えるから人が集まらなくなる」、「意味なんてなくても集まれる」、「くだらないことこそ思い出に残る」「怒られたらやめればいい」「地域活動をしたいなら他のところでしっかり稼ぐ」ゆるいけれど核心をついているお話にしびれました。シェアハウスでのエピソードは面白すぎてここには書けないくらい(笑)ぜひぜひこちらのHPやブログを見ていただきたいです。きっと、行政マンとしてガチガチに固まりがちな考え方がほぐれていくと思います。
http://minna-no-ie.jp/
 
 実はこの事例発表の後、意見交換会で「実は私たち明日丹波市に行くんです!みんなの家を見せていただけませんか?」という無茶なお願いをしたのですが、井口さんは快く受けてくださり、たっぷりとお話を聞かせてくださり丹波市役所への送迎まで。本当に素敵なご縁に感謝感激でした。

  

Posted by まんまるゆきりん at 00:30Comments(0)

2017年02月06日

2017.2.6熊本県立大学総合管理学部准教授 澤田道夫氏講演会「地域・大学・行政の連携-その意義と可能性-」

今日は、熊本市都市政策研究所第17回講演会に行ってきました。
「地域・大学・行政の連携-その意義と可能性-」と題し、熊本県立大学総合管理学部 澤田道夫准教授が講演されました。

1 イントロダクション
〈自己紹介〉
専門分野:行政学(自治行政)、参加協働論

〈職歴〉
石油公団(1993~)石油会社に融資
熊本県庁(1996~)熊本で子育てをと思い移住
熊本県立大学(2010~)

〈学問の3分野〉
自然科学:普遍的・共通的、他都市でも通用 ex.IPS細胞
社会科学:行政学や参加協働論など、社会の仕組み
人文科学:文学、歴史、心理学など人とは何か?すべての学問の土台

〈熊本の高等教育資源〉
熊本市は大学・専門学校など多くの候と教育機関が立地
人口比学生数は20政令市の中で大都市に伍して6位
熊本は学生のまち「学都」

2 地域社会の変化
〈地域が抱える課題〉
・人口減少…現役世代の負担が増える
・少子高齢化…少子化と高齢化はそもそも別問題
・多様化…他文化との共生、さまざまな価値観

〈行政側の変化〉
・地方分権の推進
 地方分権により地方公共団体の業務量が増加
 1990年代以降大きく地方のあり方が変わる
 2000年地方分権一括法
 地方分権自体はいいこと。
 本来であれば仕事も権限も財源も分権されなければならないが、仕事だけが分権されている。
 地方自治体は権限も財源もなくものすごい量の仕事をしないといけないというのが現実。

・厳しい財政状況
 1990年~経済(景気)対策
 バブル崩壊後の地域経済は上を向くことはなく借金だけが増えた(失われた20年)
 お金もない、人も増やせない

・「あれもこれも」から「あれかこれか」へ 
 昔はあれもこれもできていた。
(交流人口を増やすために温泉センターを作る、など)
「あれもこれも」から「あれかこれか」へ

〈住民側の変化〉
・社会の成熟化
 土曜日が休みとなり余暇時間は増加
 仕事から離れて何をしようか、と考えることができる
 生涯学習があたりまえ、以前のように精一杯働いて余生はのんびりという世の中ではない
 ex.公開講座の受講や大学への入学、自分磨き、CPD
 高齢化自体はさほど問題ではない、医学や化学の進歩が目指してきた方向である
 定年退職後、仕事を終えて地域に帰ってくる→地域に専門的な知識を持つ「人材」がどんどん増えていると言える
 人材が地域に帰ってくることにより行政の果たせる役割が以前より相対的に小さくなっている

〈協働とはなにか〉
・協働のまちづくり→行政と地域の各主体(住民・自治会・NPO・企業等)が力を合わせてより良い地域をつくりあげていく
・今や「協働」は、全国の自治体政策における中心的理念の一つとなっている(行政学者:荒木昭次郎が日本で初めて協働の考え方を提唱)
 行政よりも民間がしたほうがよっぽどうまくいくことが多い
 「行政はここまでしかできませんが、どうしましょうか」と言える関係作りが大切

3 大学との連携
〈大学の持つ3つの資源〉→地域に出かけて地域の課題を考えるときに以下の3者が補完しあうものである
・教育
・研究
・地域貢献

〈行政と大学との連携〉←いかにして大学と連携していけるか?
・専門的知識
 行政の審議会に学識経験者として参加
 研究に没頭しているとどうしても世間の動きに疎くなってしまうため、大学の先生にとってもメリット有
・共同研究
 行政が持っている地域課題を一緒に研究

〈地域と大学との連携〉
・地域貢献
 コミュニティの活性化に関する研究を大学で行ったところ、地元住民のやる気がアップ&学生も新たな気づきが得られた
 積極的に行ったほうが良い
・ボランティア
 大学生には若さ・力があるが、それを活かす場所がなかなか見つけられない
 大学生がボランティアをすることで、地域だけにメリットがあるわけではない、大学生にとっても望ましい

4 大学との連携-研究面-
・消滅可能性自治体(増田レポート)
 =2040年までに若年女性が50%以上減少する自治体、当時は衝撃的に受け止められた
・半減するのを食い止めるのはムリだと希望を失う必要はない
 マイナス50%のうちの40%分は自治体の責任ではない
 なぜなら、2040年に20~30歳になる女性の数はもう決まっている(現在0~10歳の女性)
 残りの10%を減らさないように戦略を練ればいい
 こういった学術的な視点を持てれば戦うべき10%がわかるので大学との連携は重要である

〈中山間地域振興〉
・中山間地域における集落消滅の危機
 闇雲に「地域を元気にしていこう」ではダメ
・どうやって人口を維持していけばいいのか?
 ここでも学術的な視点が必要
・移住1%戦略
 →集落の人口の1%が移住してくれば人口は維持できる(藤山浩・島根県中山間地域研究センター)
 700人の集落なら7人移住してくればよい
 具体的な目安や数値目標がわかれば政策が創れる
 田園回帰1%戦略を参照

〈研究機関連携〉
・自治体の研究機関と大学との連携
 熊本県立大学×熊本県農業研究センターでは、ただ農業をするだけではなく経営的・科学的な視点を提供
 熊本県立大学×都市政策研究所では、研究の幅が広がっている

5 大学との連携-まちづくり-
〈コミュニティ活性化〉
・地域コミュニティ活性化プロジェクト
 自治会と学生のつながりは薄く、自治会にとっては学生はゴミ出しルールを守らない迷惑住人
 両者をいかにしてつなげることができるのか…そこで、大学生と自治会の活動をつなぐための方策を学生が検討
 地域の夏祭りに学生に加わってもらうと地域の人々が元気になり、今年はこんなことをやってみようなどのアイデアが出てくる
 まさにActive learningとなる
 学生に手引書を作らせたが熊本地震の影響でまだ印刷はしていない
 ゆくゆくは大学生が後で使えるものにしたいと考えている

〈里山再生〉
・「なごみの里」里地里山再生
 以前は里山はいろんなものを供給してくれる地域資源だった
 大学生と地域住民が一体となって、荒れ地となってしまった里山再生活動を実施、10年近く続いている
 今では小屋を建てて農機具を収納、餅つきなど行っている
 大学生や研究機関がやってくると地元住民が頑張る

〈研究+まちづくり〉
・天草夕陽八景
 天草市西海岸地域がフィールド
 地域資源の一つである「夕陽」を活用した地域振興のあり方を研究
 →自分の地域の魅力を考えるワークショップ、現地確認、絵画など

〈地域・大学・行政の連携〉
学都であることは熊本市の大きな地域資源である
恵まれた地域資源をどのように活かしていくか
大学も学生の教育先・研究先を探しているが連携先が見つかるかわからない
行政も地域も積極的に大学との連携を!


6 大学との連携の新たな可能性

この講演は5月に行うはずだった
熊本では…熊本地震が発生
以下は熊本地震をうけて追加したもの

〈大学生の活躍〉
・熊本市災害ボランティアセンター
 平成28年4月22日設置
 ボランティア受け入れ総数38,000名
 ピーク時一日受け入れ数1,301名
 ピーク時運営スタッフ数200名程度

・通常は「大人」がボランティアセンターを運営
 だが…

・「熊本方式」
 設置当初から大学生を中心に運営
 →200人の大人をかき集めると益城や西原などの周辺自治体に人が回らなくなるため
 設置~GW期間 スタッフの8割が学生
 →大学生が、自分たちはどう動けばいいか考えている
          自分たちで教えあっている
  翌日の人数が足りなそうであればLINEなどで連絡を取り合い人を集める

 このようなボランティアセンターの運営方式は全国初である
 県外から来た人が
 「災害という大変な事態ではあるが、若い人がワイワイとにぎやかに活動している熊本市のボランティアセンターは楽しそうだ」
 と感想を述べていた
 熊本地震をきっかけとして、大人が思うよりも大学生は頼りになることがわかった
 若者が主体的にやるべきことを考え、にぎやかに震災復興に向けて進んでいく、そんな姿に熊本市の明るい未来を見た









  

Posted by まんまるゆきりん at 22:19Comments(0)

2017年01月29日

2017.1.28第2回未来を担うひとづくりフォーラム@島根県益田市

島根県益田市で開催された第2回未来を担うひとづくりフォーラムに行ってまいりました。
素晴らしいフォーラムでした!!!
内容もりだくさんでうまくまとめられていませんし、長文となってしまいましたが、ご興味のあるかたはどうぞ。


【島根が目指す教育の魅力化とは 島根県教育魅力化特命官 岩本 悠 氏 】

自分は東京生まれだが、先祖代々祖父までは益田で暮らしていた。一世代またいで益田に呼んでもらえるのは嬉しいことである。

教育魅力化(通称)→初の教育改革、地域の創生 自治体や地域や公民館が協力・連携
①魅力ある学びづくり 学びが苦痛ではない、意欲を持てる環境を
②魅力ある人づくり 子どもたちがこんな大人になりたいと憧れるイキイキとした大人を育てる
③魅力ある地域づくり イキイキとチャレンジしている人がいる「ここ」で子どもを育てたいと思われる地域

今までのキャリア教育は小・中・高・大学・社会教育とミゾがあった。これを縦横での協働による教育体制に。
人という最高の学びの資源を活かしてすべての人がロールモデルとして次世代とかかわる。
通常、行政が計画を作っても、作ったところで何も変わらない。しかし、益田はどんどん動いていっている。学びの循環が作れている。

ポイント
お客→主体 受け身から本人の意思による参画へ
同質→交流 いつものメンバーではなくあえて異質な人とかかわる
一方的→会話 双方向のコミュニケーション

成果をあげるための成功スパイラル
成果の質→関係の質(チームにおける空気、失敗を恐れず安心して自分の意見を言える)→思考の質→行動の質→成果の質(ここに戻り、以下スパイラル)


【分科会 Bグループ】
★テーマ1
公民館を拠点にした中学生の居場所づくり〜「自学教室」からのスタート〜
発表者:益田市二条地区「eboard自学教室」(二条公民館/二条里づくりの会)

中山間地域である二条地区。二条公民館(公設)の客の半数は子どもで、放課後親のお迎えを待ったり子ども同士で遊んだりと公民館が放課後の子どもの居場所(サードプレイス)になっている。
公民館では、中学生を対象に月2〜3回ペースでiPadを貸し出し自学。

もともと中学生はお手伝いではなく主体者として地域の行事にかかわっていた。
地域が困っていることはと考えればするべきことが見えてくる。中学生に地域活動をしてみないかと声をかけたらゴミをキレイにし鳥居を立てることに。
設置する鳥居作り、材料の買い出し、模型作りなどしっかり準備したつもりだったが、なかなか計画どおりに進まない。
その時、お手伝いである大人が当初の計画と違うことをしてしまい、中学生の立てた計画どおりにならなかった。
反省会では次回に向けての振り返りを行い、前向きな気持ちで役割やタイムスケジュールなどをしっかり決めたため2回目は予定どおりに進んだ。

「中学生はすごい、ふるさと祭で出店してもらいたい」の声に中学生がシフォンケーキを作り、48食が5分で完売した。地域でこれだけ注目されていると中学生のモチベーションも上昇。
中学生が広島大学へ行き研究施設を見学したり学生と交流したりしている。

〜中学生の感想〜
・最初は不安でやりたくなかった。鳥居立ては大人中心となってしまい困った。最後には自分たちが大人を動かすことができて良かった。
・企画して成功した喜びを感じた。
・二条を知ることができ、大変だったけど二条のことがもっと好きになった。
・自分たちで企画してやりきった。地域の人と仲良くなれた。
・地域の人の名前を覚えてあいさつできるようになった。食事会では30人ぶんのお肉の量がわからず苦労した
・2回目の鳥居立てはチーム分けをしてうまくいった。

…などなど、子どもたちに自信がつきアクティブに。
どのように説明したら大人にわかってもらえるかを考える力がついた。
課題は、大人のかかわりかた。手を出しすぎないで見守る。大人のガマンする力。学校と家庭との連携など。

地域から必要とされている喜びこそがこれからを生きる力となる。そのためにはさまざまな関わりが必要。
子どもたちがどう育っていってほしいか、まちづくりに関わろうとするマインドになるようにどうやってモチベーションを上げていくか、大人が思いをひとつにし子どもと関わっていく。
子どもは人と人との接着剤。
中山間地域だからこそ、子どもを中心とした地域づくりを。

★テーマ2
人間力育成塾(おのみち100KM徒歩の旅)
発表者:NPOおのみち寺子屋

小学4~6年生が4泊5日間をかけて尾道市内100キロの道のりを歩きぬくイベント
それを中学生・高校生・大学生・社会人が支える
実体験から得られる生きる力を育成
限界へ挑戦し過酷な目標を達成することにより日常生活でも自分の足で歩いていく力を身につける
8月の暑い中、口にできる飲み物は水のみ。体育館でザコ寝。最初は初対面でよそよそしかった子どもも4日間歩くことにより仲間に

このイベントを成功させるためにNPOおのみち寺子屋が一年を通じてスタッフを育成
・おの100支援塾 ビジネスマナー講座(電話応対、名刺交換)、協賛募集(アポ訪問により社会とのつながりを体験)
・おの100リーダー養成塾 コミュニケーション能力開発を学ぶ
・おの100挑戦隊 役割分担、チームビルディング、管理手法を学ぶ、シュミレーション能力開発、救命講習 マニュアルは与えず自分で考えさせる
・おの100フィードフォワード 夢の実現に向けてのタスキつなぎ

小学生はカッコいい大人や学生の姿を見て憧れ、中学生以上のスタッフは勤労により役に立つ充実感を得られる
スタッフ全員が当事者意識を持って参加し、地域に貢献できるやりがいを実感できる
目の前のことだけではなく、本来追い求めているものは何かと考えることが必要

≪広島大学から参加しているスタッフの声≫
サポートとして100キロを歩くのは辛いがやりがいがある。しかし、このやりがいはイベントにただ参加すれば得られるというものではない。
水を用意する役目、けがに対応する役目、遅れた子に付き添う役目、食事の担当など、このどれが欠けてもイベントは成功しない。
全ての役割を担うメンバーに支えられて活動が成り立っていることに気付けるようになった。
大学1~4年生がフラットな関係でお互いに学びあい、1年生でもやる気さえあればリーダーになることができる。
全員が自分から主体的にかかわり、一緒に育つ関係となっている。


【総括提案:地域のために未来を描く!~カタリ場の挑戦~認定特定非営利法人カタリバ カタリ場事業部 今村 亮 氏】
自己紹介の後動画を流されたのですが、冒頭に熊本地震で崩れた熊本城の石垣、潰れた家、私の母校の映像が流れ、涙が止まらなくなりました。なのであまりメモをとることができませんでした…今村さんごめんなさい。
今村氏は高校時代まで熊本で過ごされたのですが、熊本を出たくて東京に進学・就職されたとのこと。
熊本地震をきっかけに熊本の地域活動に関わることになったそうです。甚大な被害を受けた益城町で、子どものための「学びの支援」と「居場所づくり」を行われています。
「人づくりとは、「学び」が生まれる地域づくりのこと。」
「人づくりを、親や学校に丸投げしない。」など、すごく心に響きました。
「勉強と学びの違いは?」の問いに「勉強は頭でするもの。学びは心でするもの。」との高校生の返答に目頭が熱くなりました。


【エンディング 益田市豊川地区つろうて子育て推進協議会 とよかわっしょい!】
エンディングでPVを流そうとされた時にアクシデント発生。映像は流れるけれど音が出ない…。慌てて調整をするけれどもやはり出ない…。
そんな中、高校生が主体となり自己紹介などで時間をつないでいっていた、素晴らしいチームワークに感銘を受けました。

高校を卒業すると、進学や就職などでいったんは益田を離れる大多数の子どもたち。その子どもたちが、ここで子育てをしようと故郷に帰ってくる。こんな子どもたちが育っている益田市の未来は明るいものになると確信しました。
熊本も、そんなまちを目指してガンバロウ!



  

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2017年01月20日

2017.1.19つながるカフェ  自治体職員のキャリアとモチベーション~震災体験から学んだこと~

2017.1.19つながるカフェ  自治体職員のキャリアとモチベーション~震災体験から学んだこと~
講師:熊本県立大学名誉教授 明石照久先生

【防災復興過程の記録・振り返り】
・防災復興過程の記録・振り返りは、組織として・地域としてのみならず個人のスキルアップのために大事。
・公式の記録だけでなく個人の記録も大事。
・年数が経過するとなくなってしまうので、データ化して保存する。
・震災は大変なことではあったが、人が経験できないことを経験しているのでひとつの財産である。
・復興の過程は1年後、2年後、3年後…と記録集を作って後世に伝える必要がある。
・そのためには信頼できるデータを積み上げておく必要がある。
・日にちが経つと記憶はあいまいとなり、一年後にはほとんど思い出せなくなる。そのため、データは複数人で日付や前後関係を確認しながら作らなければならない。
・そのデータが報告書や論文の原材料となる。
・自分自身も日々の振り返りを記録しておいたものを論文化したことが神戸市を退職後大学教授となるきっかけとなった。

【エスノグラフィー】
定量的な方法ではなく、定性的な方法を用いて現象などの理解を目指す。観察・インタヴューなどにより記述データを収集。物事を立体的にとらえ全体像をつかむために大事である。

【防災クロスロードゲーム】
・京都大学防災研究所が開発したシミュレーション・カードゲーム。
・京都大学生協においてゲームキットを発売。8,000円くらい。
・熊本市震災復興ミーティングでも使用。

【コンテンツとプロセス】
・課題解決には、コンテンツ(仕事の中身)の知識と併せてプロセス管理(合意形成に至る過程)のスキルも必要。
・コンテンツの知識は行政マンとしては持っているべきだが必ずしも市職員が全部知っておく必要はない。法律だったら弁護士に相談するなど。
・マンションが壊れた時にどのように今後の方針を合意形成していくかがまさにプロセスの知識。
・市民を巻き込んで市民と合意形成すると計画が具体的に動き出す。コンテンツとプロセスの両方が非常に大事。
・地域のリーダーと連携して課題を解決していくことが求められる。キーパーソンがいるからこそ事業が円滑に進む。

【プロセスのマネジメント】
・神戸-大阪間は電車で20分しかかからず、いわば一つの街である。大阪と同じものを作っていたら大阪に勝てない。そこで、震災復興プログラムの一つである国際ビジネスセンタープロジェクトでは、医療産業都市計画に基づき大手ゼネコンの鹿島に設計を委託し、市の設計ではできない斬新な発想でセンターを建設した。その結果、入居率9割を誇っている。

【まとめ】
・組織を活性化し組織全体の力量を上げるためには、横のつながりが重要である。
・能力・スキルを持った人とのつながりを作り、こまめにメンテナンス(月に1回メールをするなど)をすることが大切である。
・課題解決能力において重要なのは、何を知っているかよりも誰を知っているか。
・能力・スキルを持った人と持ちつ持たれつの関係を築く。自分が助けてもらうこともあれば、自分が人の役に立つこともある。
•意思決定は結果だけでなく、誰のどういう発言でその意思決定に至ったのかのプロセスまで明確にすべき。


【地域おこし協力隊】
・教員では研究のノルマがあるため、長島で住み込みで研究をしたかった。
・市職員としてしてきた仕事も大学での研究も地域おこし協力隊としての活動も、別物ではなく、すべてこれまでの人生の延長線上にある。



  

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2016年12月20日

2016.12.17大畑伸幸先生講演会「地域の未来はいまの子どもが創る!~子どもは地域が育てる~」

西区まちづくり講演会
「地域の未来はいまの子どもが創る!
              ~子どもは地域が育てる~」

講師:島根県益田市教育委員会 社会教育課長
ネイチャーキッズ寺子屋 代表 
大畑 伸幸 氏

人として生きていくうえで必要なのは人と人とのつながりである。
どのようにつながっていくか。
益田市は人口4万9千人を切った。限界集落が点在しマンパワーが足りないという問題を抱えている。

学校から帰った子どもがたくさんの子どもたちと遊んでいるのは、東京か、九州の地方都市か、益田市のような過疎化の村か。
→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→東京である。
 過疎化の村は学校の統廃合が進みスクールバスで通学、自宅から半径500メートル以内に同級生がいない。
市内で一番大きい小学校の近所に家を建ててもそのような状況である。
放課後に近所の友達と遊べる環境が今の子どもには保証されていない。
そのような状況の子どもたちを地域で丹念に見ておく必要がある。

日本は子どもを子宝とし、宝物として大切に育てている。
子どもをベビーシッターに預けてまで飲みに行かないのが日本という国。

大学卒業後就職し3年間仕事が続かなかった若者の割合→30%
これが日本の現状である。
これは、家庭の育て方だけの問題ではない。
昔は、近所のおじさんやおばさんに叱られたり優しく諭されたり近所の人々が見守ってくれていた。そして、多様な子どもたちの中で遊んで社会性を学ぶなど、社会に出る予行練習を地域でしていた。先生も鉄棒が苦手だったが、上級生に鉄棒をやれと言われたからできるようになった。それがなければ鉄棒ができないままだったかもしれない。
子育てを親だけに任せていたからこそ社会に出て仕事が続かない若者が増えてきたのでは。
学校だけでも親だけでも子どもは育たない。
中山間地域も市街地も課題は共通。「人と人とのつながりをどう維持していくか」

地域の住民が
①顔を知っている子どもの数
②名前を知っている子どもの数
③話をしたことのある子どもの数
の総和が地域の教育力である。

夏休みに子どもが行くところがない。することもない。近所に友達もいない。
共働き家庭が増え、夏休みの間の食事作りが親にとって負担となっている。
このような現状を踏まえ、益田市のある地域公民館で子どもに宿題をさせ、食事の炊き出しを行い、子供同士で遊ぶ場を提供したところ、中学生が子どもたちに勉強や料理を教える光景が見られた。そして、小学生の親から公民館に感謝の言葉が届けられた。
子どもたちを取り巻く現状を知れば、地域がどう手を差し伸べることができるのかおのずと見えてくる。

野外体験など、子どもにたくさんの経験をさせている親ほど将来は地元に帰ってきてほしいと考えている傾向にある。
都会に出て行って戻ってくる子どもの割合は、益田市は3割、一方県庁所在地の松江市は6割。益田市の3割をまずは5割にすることが目標。

移住の理由の第一位は子どもの教育環境(34%)。仕事は二位。医療費無料などのダンピング合戦を行わなくても、親世代に子どもがしっかり育つ地域だとアピールできれば移住してきてもらえる。

子どもたちに「将来何になりたい?」と聞けば聞くほど子どもたちは都会を目指すようになる。将来の夢も大事だが、今を一生懸命生きていることが大事だと伝える必要がある。そして、そのような大人に出会わせること、子どもたちとしっかり対話することが重要である。

事例1
益田市には統廃合して小・中学校がない地域があるが、その地域にも子どもたちは暮らしている。この地域で中高生にターゲットを絞り、運動会の種目を中高生が考えるなど、
中高生を地域活動に参加させるようにした。すると、子どもの母親たちがサポーター役で参加し、私たちにも地域のためにできることはないかと母親世代が動き出した。

事例2
勉強嫌い・部活も×やる気も×だがお菓子作りが大好きなAくんは、得意なお菓子作りを通じてどうしたらこの地域が元気になるかを考えるようになり、地域で活躍している。得意なことを活かすことにより地域にとっての「意味ある他者」になり、「意味ある自分の発見」ができた。

事例3
先生の長女さんが幼い頃に料理をしたがったがやらせなかったところ、料理が苦手となってしまった。次女さんには料理をやらせたところ料理が大好きとなり栄養士の道に進んだ。子どもがやりたがった時にはできるだけ自分でやらせてみることが子どもの才能を伸ばすことになる。

事例4
高校生の発案で、地域に住む高齢者にインタビューを行い「自分史動画」のスライドショーを作成。高齢者やその家族に喜ばれている。
インタビューの内容
・どんな子どもだったか
・人生のターニングポイントは
・人生で大切なことは
子どもは育てる対象ではあるが、中高生の発想を地域づくりに活かしていくことも必要である。

子どもたちは地域で育てるものだ、と地域住民みんなで確認することが自分たちの活動の原点だった。人と人が具体的につながっていくことで人の心に火がともる。そして子どもにかかわる人も元気になっていく。子どもは人と人とをつなぐ接着剤である。
「子どもは必要とされてはじめて大人になる」の言葉のとおり、子どもが地域に必要とされていると感じることのできる地域づくりを!

  

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2016年11月28日

2015.11.27比良松道一先生講演会「つながる命、そだつ心」

昨年の今日になりますが、午後から「食べて話してつながろう中央区応援隊」主催の講演会へ。

「食べることでつながる命の輪」というタイトルで、九州大学農学部の比良松准教授の講演をお聞きすることができました。
"人間らしく生き、自分の命を自分で守る人へ"成長していくためには親や地域は何ができるのか…いろいろと考えさせられました。

食べることは生きること。その実例として、水俣病のこともお話しされました。
「同じものを食べていても水俣病にならなかった人もいます。さて、どんな人でしょう?」
答えは、妊婦さんなんだそうです。魚を食べることで体内に入った水銀は、胎盤を通して胎児へ。食べたものの影響は、自分の体はどうもなくても、次の世代へ。だから私たちも気をつけて食べるものを選ばないといけない。
そして、今私たちが健康でいられるのはお母さんが妊娠中に食べ物に気をつけてくれたから。そのことに感謝を。健康は当たり前ではない。

また、「日本の農業は大切と思うか」との問いに98%の学生がyesと答えるが、実際に学生が食べているものはお菓子やコンビニ弁当、カップ麺ばかり。食べる=日本の農業を応援しているという意識がない。

どうしてそのような食生活になるか、それは大学生になるまでに料理をしたことがほとんどないから。子どもがつくる「お弁当の日」でどんどん子どもたちが料理上手になっていく…。そして生きていく力を身につける。料理を作ることにより、親への感謝(男の子は謝罪だそうですw)の気持ちが芽生える。

私自身、息子を料理男子にしなければと思ってはいるのですが、料理がしたいと言う息子につい「手伝いはいいから早く宿題終わらせなさい!」と言ってしまっています。できるだけ息子に手伝ってもらうようにしなければ!と反省しました。
早ければあと6年で親元を離れてしまう息子が独り暮らしを始めても困らないように。

講演の後は食の思い出エピソード表彰式&朗読があり、まちづくり女子仲間の同僚が表彰されてました。おめでとうございます~
娘ちゃんの素敵なエピソードに、じんわりほっこり温かい気持ちになりました❤




  

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2016年11月27日

2016.11.27姜尚中さん講演会「伝える力」

 今日は明治天皇小島行在所跡保存会主催の「熊本地震」復興特別講演会に行ってきました。
 講師は東京大学名誉教授、熊本県立劇場館長でもあられる姜尚中氏です。
 タイトルは「伝える力」。
 素晴らしい講演会でした。
 お話の内容をつらつらと書いていますので、お時間あればお付き合いください。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
4月13日までは南三陸や気仙沼、島原普賢岳など震災の被災地を巡っていた。
4月14日は熊本県が所管する施設の全体会議で、会議終了後熊本市内のホテルに滞在しウトウトしていたころに前震が。
翌日は外せない会合のため上京。東京で本震が起こったことを知り、愕然とした。

被災地を巡って感じたこと
 ・地震の歴史を伝えていかなければならない
 ・伝える力がある地域は、震災が起こってもふんばれる力が蓄えられている
 ・例えば、東日本大震災では、津波の時はどこに逃げればいいのかが地域で語り継がれていたかどうかが生死を分けた
  (学校の避難訓練の際に、校長は学校の屋上に避難させようとした
   しかし、津波の時には学校の屋上ではなく小高い神社に避難しなさいと代々教わってきたから
   神社に避難させましょうとと言い張った学校職員がいた。校長は仕方なく神社へと避難先を
   変更した。その数日後に東日本大震災が起こり、神社に避難したので全員助かった。)
 ・最初の第一発見者は消防でも警察でもなく、町内会の人
 ・阪神大震災で息子を亡くした男性(神戸市須磨区在住)が震災で地域のつながりの必要性を痛感し、地域の町内会長となり今でも防災訓練などに尽力されている

阪神大震災以降のこの20年、急速に情報化社会となり、物事を点でしか考えられず、今がよければ良いという考えとなっている。

大学の学生にアンケートをとったところ、食べているのを人に見られるのが恥ずかしいから食事はトイレでとるという学生がいる。

個人が情報端末を持つことにより、時間軸で自分がどこにいるかわからなくなっている(=デジタル化、1か0かの世界)。

人間の命の流れは伝承によって生かされている。地域が成り立つのは伝統と伝承によってである。これから大切となってくる最大のキーワードは「地域」。

夏目漱石は120年前の4月13日に上熊本にやってきた。漱石来熊の7年前に大地震が起きている。それも語り継がれていかなければならなかったが、熊本は風水害への備えを重視して瓦を重くしていた。熊本では地震も数十年おきに発生していると伝えられていれば備えは変わっていたかもしれない。

地震が発生してしばらくたつと、被災地から必ず上がるのは「忘れないで」の声。阪神大震災の後発生したオウム事件により報道はオウム一色になってしまった。熊本地震の後も舛添都知事の辞任問題が連日報道され、熊本のことが忘れられてしまうのではないかと危惧したがその通りになってしまった。都知事の問題も大変な問題だが、熊本からすれば所詮東京というローカル地方の話。東京も大変だけど地震から1か月経った今でも熊本はもっと大変であるということを東京でも報道してほしかった。


この地震のこと、この地震からどう復興していくかの生きた知恵を次の世代に伝えなければならない。
阪神大震災後、神戸は人口が減っている。福岡に人口で抜かれるなんて想像もできなかった。
新神戸に降り立つとマンションが立ち並んでいる。旧住民の半数近くはいない。市外から引っ越してきた震災を知らないニューファミリー。20年経って、20年前の伝承が伝えられていない。前述の神戸市須磨区の町内会長さんが、若い世代に震災の伝承ができないことを嘆いている。
今後熊本は20年の時間で復興をどう成し遂げるか。5年後、10年後、15年後、20年後はどうなっているのかを頭の中で描きながら創造的復興の道を歩んでいかなければならない。

自分も熊本県民だから、熊本県民の強さ、弱さはわかっている。
短距離競争は強いけれど持久戦は苦手。「黒か白かはっきりしろ」の県民性。
これから熊本は持久戦となる。全てがすぐに良くなるわけではないが、70年前の廃墟からこれだけの復興を成し遂げたのだから、できないわけはない。

生命の流れがあって、我々は今ここにいる。
漱石は29歳の時に鎌倉の円覚寺で参禅生活を送っている。参禅生活の中で「お前の父母の生まれる前の時代は何だと思うか」と聞かれ答えられなかった。「門」という小説にも、道に迷ってどういう人生を歩んでいけばいいかわからない主人公が描かれている。
現在の円覚寺の住職は「お前の父母の生まれる前の時代は何ですか」とたずねたら即座に「いのちです」と答えた。人間は大きな命の流れの中で生きておりその命の流れに帰っていく。その命の一つを自分が生きているのであり、突然地からわいてきたわけではない。
おそらくこれは漱石が一番言いたかったことではないかと思う。漱石はエッセイ「硝子戸の中」で同じようなことを言っている。
現代社会で最も失われているものはこの大きな命の流れではないか。情報端末によって今を生きているため命の流れを想像できない。
子どもたちは伝統や伝承、自分の地域社会で生きてきた人の知恵を知らない。生きるための知恵が授けられていない。
小学校の授業の中でこの熊本地震(とりわけ益城町)について、そこで生きている人の状況や思いをオーラル(口)で伝え、それを書き留めていく作業が必要だと思っている。どうこの震災を生き抜いたのかを知っていけば、人間に対する見方が深くなる。

どうして津波や地震が起きる中で歯を食いしばって人間は生きてきたのか、災害が何度も繰り返されながら命を絶やさないことが大きな命の営みである。

過疎化や地域の疲弊により伝承がおろそかになる。
大型店舗の進出は必ずしも悪いことではないが、地域の中で作られた野菜やものがどう培われてきたのかを知らなければならない。
東京では、魚の切り身が泳いでいると思っている子どもがいる。
人間は食べたものを排泄する。水洗トイレが使えなかったらどうするか。昔の人は新聞紙や葉っぱで代用したが、水洗しか知らない世代の若い人はそれができるのか?
車中泊で亡くなったかたは排便を我慢していたのでは。シャワートイレがあるのは清潔で便利な社会だが、それがなくなった時にどうするのか?こういうことが人間の知恵として伝えられていないと生きていくことができない。
以前、お寺の住職さんがマンションに住んでいる人に「仏壇はありますか」とたずねたら、「そんな縁起の悪いものはうちにはありません」と言われて驚いた。先祖がいたから今の自分がいるという意識がこれほどまでに薄くなっているとは。

地域の再生には知恵、伝承、伝統を重んじることが大事。
港区の平均年収は1,000万円、熊本県球磨村の平均年収は250万円と四倍の格差があるが、港区の住民が五木村の住民より4倍幸せかと言ったらそんなことはない。
五木村で88歳の夫が86歳の認知症の妻の介護をしているが、近所の人がみんな助けてくれるからここが一番いいと言う。どこに住んでもお金には代えられない価値がある。その地域の価値を伝えていかなければならない。震災はそのきっかけとなる。

震災はたいへんなことではあるが、世代を超えて手を結ぶいいきっかけとなる。それには伝える力が必要である。
地震の結果熊本をでる人もいるだろうが、熊本のために頑張ろうという若い世代が増えるだろう。光明るければ闇もまた深い。楽しみが大きければ悲しみも深い。つつがなく暮らしていこうと思っても難しい。
幸せな人はものをよくよく考えない。自分の中に悲しみや苦しみがあると、ものを考えるようになる。
漱石「虞美人草」の中に「悲劇は喜劇よりも偉大である」というフレーズがある、私はこのフレーズが大好きだ。
笑う門には福来るの言葉通り笑って過ごしたい、しかしどうしてもそうはいかないこともある。「死」「病」「老」は必ず我々につきまとう。だからこそ笑いが必要。
できれば4月13日の「漱石バンザイ」と言っていた時に時間を戻してほしいと誰もが思う。でも戻れない。
漱石は、不幸な出来事があった時、人はその時初めて真面目に考えるものだと言っている。真面目になるということは、自分のこれまでの生活やこれからの生き方を考え直すということ。この絶好の機会を我々は与えられている。

この絶好の機会を与えられたときに一番大切なのは人間関係である。
男女関係には「どうしてこんな女性にこんな男性が」という番狂わせがあるが、友達関係は同レベルの人としか友達になれない。
人間関係の最小単位は夫婦であり、夫婦から家族関係、地域へとつながり広がっていく。
苦難があると夫婦の関係は深まる。その深まった関係は見知らぬ人へとつながる。
仮設住宅での孤独死を防ぐために「みんなの家」という集会場を作った。
避難所で見知らぬ人と寝起きをするのが怖かったが、みんなが苦楽を共にしたことでこれまで以上に近所の関係が強くなり、そこで仮設住宅に移っていくとみんなが助け合える。
見知らぬ地域の人と助け合って生きていく、それが地域の命の流れとなる。

「地震は確かに不幸なことではあったが、地域の伝承をこれからの世代に伝えてほしい」と漱石が生きていたら言うだろう。
これだけの高度な文化を度重なる災害の中で作ってきた、それが日本列島に生きるということ。その長い長い流れの中に我々はいる。
長い持久戦にはなるが、これからを迎え討たなければならない。そしてどう生き抜いていくかを伝えていかなければならない。
  

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2016年10月24日

2016.2.8藻谷浩介さん講演会「へったっちゃよかろ?玉名」

この日は、西区フェスタの

後、玉名市で開催された藻谷浩介さんの講演会「へったっちゃよかろ?玉名」に行ってきました。

藻谷さんの講演をお聞きするのは3度目ですが、やはり今回も興味深いお話で時間があっという間でした。

その中でも印象に残ったこと…
・玉名ほど、熊本県内で良くも悪くもないまちはない。
「イメージ」「空気」は事実と違う、福岡や東京が栄えて玉名がダメということは決してない。子育て世代が集まる=高齢者の原材料を集めたということ(笑)

・福岡が住みやすい都市でナンバーワンなのは、みんなが「福岡は住みやすい」と思っているから。田舎は「ここには何もないからダメだ」と思っている人が多いからダメになっていく。誇りを持てる田舎に!

・年金暮らしの高齢者でも、畑があればどうにか生活していける。畑がないと全部お金で買わなければならない。

・他県産・他国産の材料を使う居酒屋はサッカーで相手にパスを回すようなもの。地元にお金を回すことで地域にお金が循環する。

・貯金は善であるという誤った価値観が世の中まかり通っているが、お金は使わなければ意味がない。貯金するお金持ちが偉いのではなく、お金をどんどん使って若者の給料が払えるようにしなければならない。そうすると若者が戻ってくる。

・「人間が生きた証が残る地域こそが人生の楽園である」
自分が死んだときに気付く人がいて、葬式が出せる。そんな地域。

・地域活性化とは、これ以上交通を便利にすることでも、これ以上工場を増やすことでも、好景気・不景気と騒ぐことでもない。
☆人口が減らなくなること
☆若者が戻ってきて、子どもが生まれ続けること
☆誇りをもって地域を残すこと
が本当の意味の地域活性化である。

そのために、わたしにできることは…と自問自答しながら帰宅しました。

ただお話を聞くだけの講演会ではなく、隣の人とのプチダイアログや地元で頑張っている地域団体の紹介&お悩み相談など、人と人がつながる仕掛けが盛りだくさんで、参加者の顔が「キラリかがや」いていましたよ~。
ゆうべの講演会は、玉名市職員有志で開催したもので、経費はすべて自費でまかなわれたそうです。
すごいね、その気になればこんなことまでできるのね!
私たち熊本市も頑張らなきゃ。
平野さん、亀ちゃん、ありがとう!
これからも、一緒に頑張っていこうね。
  

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